青のペンダントが光っていた。
金色の絹みたいな髪が紫色の空間の中で揺れる。
その空間の中で、少女は眠ったように瞳を閉じていた。
何もない空間。
誰もいない場所。
時も進むことを止めて、全てがありのままの姿をさらしていた。
あるのは色だけだろうか。
微かに、色の温度だけを感じることが出来る。
瞳を閉じていても、意識を持たなくても。
暖かみのある色の温度だけは感じることが出来た。
それだけが、少女のたった一つの救いだったのかも知れない。

何もない、空間で生きていたのは、少女だけ。
この、世界と繋がる空間に幽閉されてから、もう何百年の時を数える。
時は止まっているから、何も感じないけれど。
何も変わらないけれど。
人が生きる、どんな場所よりも長く、少女はその場所で。
見ることは出来ても出ることは出来ないその空間の中で。
少女は確かに生きて。
時の流れを見ていた。




1.壊れた永遠

変わらない日々の繰り返しだった。
永遠に続くと思われたその時の中で変化が起こったのは、いまから7年くらい前の事だったのだろうか。
時の感覚がないから、昨日の事のようにも思われたその事件は、時をも狂わせた。
ほんとうに、どこにでもある事件なのだろう。
海辺の町育ちのひとりの少年が、海で溺れた。
その時だった。
少年の『生きたい』という感情が、私の心に届いたのは。
意識もない、存在もないに等しい少女に、少年の気持ちが届く。
少女は、開くことのない瞳を賢明に開こうと頑張る。
この思いを受け取ったことを伝えたくて。
だけど、空間はそれを許してはくれなかった。

少年の父親の、張り裂けんばかりの声が空間にも響く。
『お願いだ!セルジュを...セルジュを!助けてやってくれ』
その思いは天にも紡がれたのだろうか。
少年が、瞳を開ける。
にかっ。と子供しか出来ない笑顔で、少年は笑った。
父親は嬉しさのあまり、少年を抱きしめる。
感覚もあったはずなのに、温度も、愛情も全てがあったはずなのに。
父親は瞬間的に消えてしまった。
少女は、それを見て悟る。
あぁ、彼も思いが強くて時間に捕われたのね。
残された少年の口からはたった一つの言葉。
『おとうしゃ...ん』

急に、少年の世界が揺れる。
竜巻きを起こしたように、ぐるぐると世界が音を立てて廻る。
・・・!
空間が?
時間が...割れる?
それは、何百年を囚われの空間で生きてきた少女にとっても初めての事だった。
そして、世界は。
二つに分かれた。

少年と父親の思いで分かれた世界。
片方は少年が生きる世界、偽りの世界。
もう一つは、少年がいない世界、真実の世界。
ふいに、意識もないはずの少女の瞳から涙がこぼれる。
乾き切らないほどに長く、永遠のように少女は涙を流していた。




2.にじ

その少年がいま、瞳の前にいる。
時空を救うために、時間を超えて、何も感じられない空間にいる。
とり殺されそうなほど、何もない空間において少年は自我を保っていた。
たった一つの願いのために。
時空をもとに戻すために。
時間をもとに戻すために。
たとえ、自分が消えることになっても。
少年の虹色のスワローが、時空を支配するモンスターを突く。
もう、果てしないほど少年はそのモンスターと向き合っていた。
少年と、連れの、囚われの少女によく似た金の髪の少女が、魔法を放つ。
その度に、耳に音が聞こえて来る。
黄色・赤・緑・青・黒・白。
原色の音...。
何もなかった世界において聞きたいと願っても聞けなかったその音。
少年の手の中に、全部の音が集まっていく。
少年はゆっくりと息を吐いて告げる。
『クロノクロス』
集まった音色は、一つの球の中で新しい音を生み出した。
聞いたことのない音...。
瞬間的に、感じる。
閉じこめられていた世界が、憎しみしかなった世界が。
癒されていく。
とたんに、少女を覆っていたクリスタルのまくが音も立てずに割れはじめる。
少女は、世界に繋がるその空間の中で、閉じていた瞳を開けた。
そして、少年にむかって微笑む。
言葉には出さないけど、気持ちは少年に届いていた。

そして、囚われの少女はもとの姿を取り戻す。
紫の髪。
流れるように長い、さらさらの髪。
そして、身に纏っているのは青のドレス。
首には、青のペンダントを下げて。
昔の気品はそのままに、新しい思いを中に秘めて、少女は天空に駆け上がる。




「サラ」


大好きな弟にその名前を呼んでもらうために。

2001.02.20