月夜に潜める思い




・・・?
月が、見えない?

キラキラと光ってた、天上に浮かぶ月。
ずっと道しるべみたいに照らしてくれていた、あたいの片割れ。
さっきまで光ってたのに、照らしてくれてたのに...いまはもう雲で隠れてる。
ゼルベスで海を眺めてる時、声が聞こえる。
海のさざ波に混じって、声がする。
月の輝きは、声になって聞きたく無くても降り注ぐ...。

「セルジュたちからはもう離れるんだ」
仕事は終わり、と。

でも、どうして?
答えを教えて欲しい時は教えてくれない。
返事して欲しい時こそ返事してくれない。
所詮、あたいの気持ちなんか聞いても、計画に変更は無いってそう言いたいんだろう...。
あたいは、計画のために使われた、だからあたいの意思なんて関係ない。
あたいは、ロボットみたいなもんだよ。
だから、返事しないんだろう?

でも、あたいは月だから。
どうあがいても月だから。
だから、セルジュとは一緒にいられない。
運命は決まっていたって?
思いたくない...。
あたいにできるのは、せめてもと願うのは。
セルジュ、あんたに生きていて欲しいってことだよ。

他の誰でも無い、クロノトリガーとして生きるあんたに生きて欲しいって思う。
世界を助ける?
あんたは、かなりお人好しだし、
稀に見る優しい男だから助けてって言われたら断れないタイプだと思う。
キッドみたいにどん欲に生きろとは言わない。
だけど...せめて無くなってしまうのだけはやめて...。
自分を大切にして。
あんたの邪魔をしてきたあたいがこんなこと言うのもなんだけどさ、セルジュ。
あたいが月の一部に戻っても、あんたを捜せるように...必ず生きて。
この月のもとで、笑い声と笑顔を振りまいて。
そうしてくれれば、あたいは月に戻っても何も後悔なく生きられると思うんだ。
たとえ...あたいの存在が消えてしまっても。

赤の帽子を頭から外す。
誰にも見せたことのない素顔。
いつもしている道化師のメイクを剥ぎ取って、素顔を潮風にさらす。
こうして夜だけにしか、自由になることのない素顔。
あらわれたのは、豊かな金色の髪の毛。
顔は、泣き顔でもそれがキッドにそっくりだと見て取れる。
夜風が、悲しい音を立てて響いている。
瞳は、うつむき加減に。
でも、前を向いて...。
少女は、祈りを捧げる。
赤の手袋も外して、祈りを捧げる。
素肌に触れる夜風が冷たく、でも心地いい。
少し褐色の、細い指先が絡まりあう。
指を組んで、長いこと祈りを捧げる。
潮風と波の音しか聞こえない静かな夜。
船が、波の揺らめきに合わせて静かに揺れる。
まるで、揺りいすに座っているような心地よい感覚。

このまま、このまま時が止まってしまえばいいのに。

・・・!
あたい、いま何を思った?
「ツクヨミ?」
なに考えてル?
青色の物体がフワフワと空を飛んでやってきた。
「星の子か...」
月が綺麗だろ?とツクヨミは笑う。
「ツクヨミ、オマエキッドに似てル」
星の子のその言葉を、ツクヨミは笑って遮る。
ハッ。
どこが?
「似てないよ。あんなやつと一緒にするなよ」
ツクヨミは吐いて捨てるように言う。
「似てル」
「似てないって!!」
ほんのすこし、言い争いになってから考える。
「そう...かもな」

あたいとキッドは姿形だけじゃなく、きっと心も似てるんだ。
あたいもキッドも...作られた存在だから。
捨てられていく、ロボットみたいな...。
だから、許せない。
キッドはセルジュにいつも助けてもらってる。
1人で生きてるみたいな偉そうなこと言って、結局1人では生きていけないくせに...。
いつだってそうだ。
あのときだって、セルジュとルッカに助けてもらったくせに...。
「ツクヨミ?瞳から液体流れてル」
瞳から流れ出た涙を手で拭って、
ツクヨミは海を見たまま、表情を変えずに言葉を吐き出す。
「あはは、これはね、星の子。『涙』っていうんだよ」
「な...み...だ?」
ツクヨミの言葉に、星の子はゆっくりとその言葉を反復してみる。
「そう、『涙』」
悲しい気分の時に流れるんだ。
「かなしい?かなしいってなんだ?うまいのカ?」
あはは、違うよ。
それはね... ツクヨミが説明を始める。
月を隠していた雲がゆっくりと動き出す。
月が、またその光をさんさんと海に落とす。
こぼれ落ちる光の粒に気がついてツクヨミは笑う。
その笑顔を、天上の月だけが見ていた。

2001.02.24