ガーネット姫の憂鬱



「ガーネット様、もうすぐ始まります。どうぞ、バルコニーの方へ!!」
純白の布に体中を覆われて、美しい少女は立っていた。
そして、これまた美しい女騎士が手を引く。
手を引いた女騎士に向かって、ガーネットと呼ばれた少女は布の隙間から笑った。
「ええ。ベアトリクス、ありがとう」
そして、ベアトリクスに手を引かれ、ガーネットはバルコニーに出た。
そこは、今夜来る『劇団タンタロス』が演じる劇『君の小鳥になりたい』を見るために作られた特設会場だった。
「遅かったのう。私のガーネット」
その声にガーネットは素早く反応して笑顔を向ける。
「ええ、お母さま。すこし準備に手間取ってしまいましたの」
そうして笑顔を向けた先にいるのは、ガーネットに似ても似つかない大女。
本当に、ガーネットの生みの親なのだろうかと首をかしげたくなるその姿は、あらわすならばネコ。
巨体を持ったネコが、これまた支えきれるだろうかと思うほど小さな椅子に座っていた。
椅子は今にも壊れそうなほどギシギシと音を立てて呻いている。
ガーネットは、心の中だけで思う。
(こんな怪物みたいな女、わたくしのお母さまなわけないわ)

だいだい...。
なによ、この化粧。
化け物そのものじゃないの。
ベアトリクスがお母さまだって言われたら信じられるけど...。
こんなネコ怪物。
信じられるものですか!!
あー、汚らわしい!!
まったく!!
「媛様、何をぼーっとしておいでです?もうすぐ、劇が始まりますよ。」
なんでも...。と傍に控える女兵士の話は続く。
「タンタロスの劇員の中にとってもかっこいいしっぽを生やした男の方がいらっしゃるんだとか。」
兵士は、いつもなら凛々しい瞳をたたえているのに、今は少し潤ませながら星空を見上げる。
「ばかもの!!そんなことを言っているヒマでもあったら、姫様を守る技をもっと磨かんか!」
隣でベアトリクスが、手に持った愛剣『セイブ・ザ・クィーン』をキラリと光らせて睨んだ。その瞳の鋭さに女兵士はたじろぎながらガーネットの傍を離れた。
「ベアトリクス...。何故、そんなに厳しくしなくてはいけないの?」
その声は、果たして届いていたのだろうか。
ベアトリクスは、正面を見ながら身じろぎ一つしない。
額に巻いた白のシルクの包帯が風にのって動くばかりだ。
「ベアトリクス...。」
ガーネットのその呼びかけは、突如吹いた風に消されてしまった。
その風を引き連れてきたのは、大きな劇場艇。
劇団『タンタロス』の移動要塞で、その飛空挺の前半分で劇が行なわれている。
その劇場艇が止まった。
バルコニーに一番近い場所で。
そして、劇が始まる。
ガーネットの一番好きなエイドリーン卿の書いた小説「君の小鳥になりたい』
知っているだけあって、劇団『タンタロス』の演技に口を挟みたくなる。
あー、もうそこちがうのよ!!
なってないわねー!!
マルスは、もっと優しいでしょ?
しかも、なにあのお姫様...。
あきれた。
わたくしの方が、もっとましな演技が出来ますわ。
あー、つまらない。
お部屋に戻りましょ。
そして、ガーネットは誰にも告げずに部屋への廊下を歩き始めた。
「姫様!!どうなさいました?」
そう言って、追いかけるように走って傍によってきたのは、鉄で包まれた中年男。
その中年男に、それでもガーネットは笑顔を見せる。
「スタイナ−...。ええ、ちょっとそこまでね」
と、ガーネットが指をさしたのはトイレ。
その指をさした先が分かって、スタイナーはすこし赤くなった。
「す...すみません。姫様」
わたくしめは先に、バルコニーの方へ戻っておりますので...。とイイながら、足早に駆けていった。
その様子を見ながら、少したるそうにガーネットは息を吐いた。
あの鋼鉄バカも融通がきかないんだから。
あんな化け物のことを本気で信じちゃってさ。
『ブラネ様ー!!』なんて、ばっかみたい。
ま、その点では、ベアトリクスも同じなんだけどね...。
この城って、まともなのいないわよね...。
と、その声は言葉にはならなかった。
そして、ガーネットのため息は大きさを増した。




2001.02.21