初めての実戦のあと、市街地を出た僕は、父バルバネスのことを思い出した。
騎士として最高の地位にあった父、バルパネス・ベオルブは、五十年戦争の末期、風邪をこじらせ病にふしていた。
死期が近付いてくる中でも、常に全然のことを気にしていた父。
その姿は、まさに軍人そのものであり、僕の憧れだった。
「戦況は...どうか...?」
ベッドに横たわりながらも、前線の様子を訪ねる父。
それは毎朝の日課であった。
イヴァリースの地を物心つく頃から守ってきた父、その強い思いがあるのだろう。
自分の病気よりも国の心配をしていた。
もう、すでに吐く息は荒く、ヤマは近かった。
その様子を見守る、ふたりの兄と、妹。
「我が北天騎士団の迅速な働きによりランベリーを奪還いたしました。鴎国軍がゼルテニアがから撤退するのも時間の問題でしょう。すべては順調です。ご心配なく」
次兄のトシキが、軍人らしくきびきびと答える。
その報告が父親に対する一番の良薬であると分かっていたからだ。
その補佐をするように長兄のタキが言葉を繋いだ。
「それから...ラナード王子の側近、レナリオ伯に送った密使が戻ってまいりました。父上のご提案にレナリオ伯も同意するそうです」
この、後に五十年戦争と言われた戦争を終止に導いたのはほかならぬ、バルパネスであった。
イヴァ−リス国内も、長引く戦乱に耐えかねて治安維持が厳しくなっていた。
さらに、追い討ちを賭ける市場の低迷。
経済は混乱に陥り、戦争を止める以外の解決策は到底見つかりそうになかった。
その状況は相手側、鴎国も同じ。
このまま戦争を続けても受けるダメージははかり知れない。
バルパネスは密かに密使を送り和解の成立を望んでいたのだった。
事実上、これによって鴎国との戦争は終わりを告げた。
病床の父にとってその同意は望んでやまないものだった。
バルパネスは安心したように一息つくと言葉を漏らした。
「そうか...ならばよい...これで..。長き戦いも...終わる」
その声はとても安堵に満ちていた。
そんなバルパネスをただ一人の娘、ツバサが心配そうにみつめる。
「お父さま...」
父の最後が近いこと、それがツバサにはひしひしと感じられているのだろう。
押えようとしていた涙がとめどなく溢れてきた。
バルパネスは、そんなツバサにも優しく語りかけた。
「よいよい...泣くな...娘よ...」
ツバサはその父の言葉に泣き崩れた。
隣に立っていたトシキはそのときやっと三男のショウの姿がないことに気付き声を荒げた。
「ショウは何処だ...?こんなときに...!」
バルパネスは血気盛んなトシキを諭すように漏らした。
「タキ、トシキ...わしの自慢の息子たちよ...。ショウを頼む...。おまえたちとは...腹が違うが...わしの血を分けた息子だ...」
そこに父危篤の知らせを受け、走って帰ってきたのかショウが慌ただしく部屋に入ってきた。
「父上!!」
まだ小さい身体で呼吸を荒げたその姿は、父への思いを全身で表現しているようだった。
「騒々しいぞ...」
長兄のタキが一言、ショウをただす。
バルパネスは目線をショウに合わせ、穏やかな表情を作り出した。
「よく来てくれたな...よく...顔をみせてくれ...」
タキは一歩ベットから離れ、ショウに場所を譲った。
「父上...」
「久しぶりだな...いい面構えになったぞ...学校はどうだ...?春からはアカデミーだな...」
ショウは言葉少なになってきたバルパネスの手をひしと掴む。
現世のぬくもりを与え、意識をひきとめておくためであり、同時に父のぬくもりを感じる為であった。
大きな手には戦場でついたのであろう無数の傷跡が見受けられた。
「...」
ショウはバルパネスの言葉に何も言うことが出来ずにただ、ただ。
手を握りしめた。
「よいか、ショウ...我が...ベオルブ家は...代々王家に...仕える武門の棟梁...。騎士の魂は我らと共にある...。ベオルブのなに恥じぬ騎士になれ...不正を許すな...。人として正しき道を歩め...おまえはおまえの信じた道を...歩むのだ...それが...ベオルブの名が示す真の騎士道だ...」
こんな死が近付いた状態になってもバルパネスは騎士であり続けた。
ショウもその言葉を素直に受け入れる。
「はい、父上...」
「エイシはいい子だ。身分は違うが、お前の片腕として役に立とう...。士官アカデミーへの...編入の手続きをとっておいた...。ふふっ...。学長は目を丸くしていたがな...。お前に生涯仕える味方となろう。仲良く...な」
「は、はい、父上...」
ショウは父の突然の言葉にいくぶん驚きながらも返事を返した。
「ツバサを頼んだぞ...」
北天騎士団最高の強さを誇り、天騎士まで上り詰めたバルパネスの最後の時が近付いていた。
「兄たちに負けぬ騎士になれよ...ショウ...」
それが、天騎士バルバネス・ベオルブの最後だった。
僕は父の言葉を思い出して、自分の騎士道を貫くことに決めた。
不正を正すこと、人として正しき道を歩むこと。
でも、それが僕とエイシを巻き込む大きな流れだなんてまだそのときは気付きもしなかったんだ。
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